一時期、若者の間で携帯電話があるから腕時計なんていらないと言う考え方が流行っていると話題になった事があります。 最近はその様な事を聞かないので、少なくとも今の日本では以前の通り腕時計をするものとなっているのでしょう。 私の場合ですと、仕事の合間に時間をチェックしたい時には腕時計を見るという習慣が身についていますので、腕時計をしていない時には不便さを感じます。 また、腕時計の購入金額によってその人の社会的ステータスを測ると言う事も行われており、その為、社会人になったら恥ずかしくない腕時計をとおっしゃられる方もよく見かけます。 しかし、アメリカにおいてはスマートフォンとインターネットの普及に伴い、若者の間で古いデバイスに対する否定的な評価が広まっている様です。 以前インターネット上で公開されているアメリカ人男性の講演動画を見たのですが、その方曰く「子供に私の腕時計をシングル・ファンクション・デバイスと言われた」との事でした。 シングル・ファンクション・デバイス、つまり単機能デバイスですが、この単機能デバイスと言う言葉にはたった一つしか機能がない、言わば低機能な存在と言う見下したニュアンスがあります。 かつて日本の若者の間では腕時計が不要だからしないという考えが流行りましたが、アメリカの若者の間では今、腕時計は"低い"存在、ダサい存在だからしないという考えが流行っているのでしょうか。 不要論に対しては、ファッションやステータスによりその考え方を改めさせる事が出来ます。 しかしダサい論に対してはこの様な事は無理です。 アメリカでは今後、腕時計離れが急激に進むのでしょうか?